haruchi art’s blog

晴智ありさのアートと心の内と作品紹介

金魚と花に救われた作家の話

こんにちは、金魚作家・グラフィックデザイナーの晴智ありさです。

 

今回の記事では、何で金魚や花を描くの?という
モチーフやコンセプトの元となった出来事をご紹介します。

金魚すくわれ

 

お祭りの金魚すくい

 

ではありません。



アート・デザインの専門学生時代、
何を描いても楽しくないと感じる時期がありました。

描くことは好きなのに。
描きたいモチーフや表現したいものが定まらず、迷走していました。


「好きなものを描いてくる」という課題に苦戦していたある日、
私の心を救ってくれたのが金魚でした。

 


何気なく立ち寄ったアクアリウムショップの水槽の中で
優雅に泳ぐ尾びれの長い1匹の金魚の姿を目にします。
その様はまるで自由に踊る女性のように見え、私の心を大きく動かしました。

 

「あ、私が描きたいのはこれなんだ」


同時に、心の拠り所のような存在となったのです。

 

 

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金魚が魅せる人工物のような美しさ。
その美しさいには様々な人の思いが込められています。

「言葉を発しない、その美しい姿に私たち人間の声や心情を重ねて発信したい」

 

金魚すくいならぬ、金魚救われ。
これが私が金魚を描くことになった出来事です。

 

 

花と壁

 

2019年の秋頃から古い壁や
コンクリートの上に茂る葉やドライフラワー
散っている途中の花に妙に魅力を感じるようになりました。

 

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壁も葉も花も、生きているもの。

どれも「そこに存在しているから」劣化したり枯れていきます。
本来の姿は終わってしまったけれど、その上に葉が茂り
その葉が枯れるとまた新しい葉が。
私には生と死の繰り返しのように見えるのです。


会社員時代、アパートの敷地内に植えてある木の
花の蕾が開くのを楽しみにしていました。
その後繁忙期となってしまい、花の様子を伺うことなど
すっかり忘れてしまい、気付いた時には花は散っていました。

忘れた、と言うより花のことを気にする余裕が無くなっていました。

そのことが悔しく感じだと同時に
情けなさや心が死んでしまったような感覚になったことを覚えています。

あまりにも悲しかったので、
自分の心を死なせないように、枯らさないように
沢山の花を買って部屋に飾りました。
心に余裕がある時は世話をしたり観察ができる。
心に余裕が無い時は枯らしてしまう。

人の心も植物のように芽吹き、咲き、枯れるのだと気づかされました。

今、私にとって花は自分の心のバロメーターのような存在になっています。

 

 

 

きっかけは身近にあった

 

これらの経験から、金魚と花は重要な制作モチーフとなりましたが
同時に自身の生活や考え方を見つめ直すきっかけにもなりました。

 

生きていく上で変化をもたらしたり、大きな支えとなる出来事や出会い。
言葉であったり人であったり場所であったり…それは人それぞれだと思います。


私の場合は身近な風景の中からふと見つけることができました。

 

 
私の作品があなたの「心の拠り所」や「お守り」になれますように。

心を豊かにできますように。

心の内を写す鏡のようになれますように。

 

 

それではまた。